2次試験カウントダウン日記 #残10日
気が向いたので、結局書く。
本日は「考えに考え抜いた結果、考えないという結論に至った」、そんな日であった。
思春期特有の「人は何故生きるか」という哲学。
これに鬱が掛け合わされれば地獄の完成である。一度ハマるとなかなかこの哲学から抜け出せない。
ブルアカのストーリーを読めば、人生の鍵、すなわち生きる真の理由が見つかるかもしれない、至高に辿り着けるかもしれないみたいなことをずっと考えながら、ストーリー読みまくってた。そんな1日であった。
しかし、生きる理由を考えるほど生きなくても良いように思える理由ばかり思いついてしまうので鬱は加速する。これがこの地獄の恐ろしいところである。(レベルK思考みたいな?ちょっと違う?)
どうすれば抜け出せるのか?
答えは単純で、考えなければいい。
正確には、思考を歪曲させて、ムチャクチャな理論で自分の世界を包括してしまえばいい。
死ぬまでに理解できる事象の数は、理解できないものの数よりもずっと少ない。
全てを理解できない時、人は追加で妄想みたいなものをパテで塗りたくる。
それが許される行為であるどころか、人間の基本行動なんじゃないのか?と思ってる。
(物理学だって、観測しうる範囲のものだけを一般化してるだけだし……いやこれは言い過ぎか)
ならば全てを理解することはキッパリと諦めて、自分が人生を1番楽しめる思考法だけを用いればよい。
終着点はどうせ死なので!
今日も俺はネメヒンで人を救うために生きるのだ……とか(オスがいなくなって人類詰むけどまぁいいでしょう)
もちろん、それでも考え続ける、という選択肢も尊重されるべきだと思うけどね!
じゃあ明日からは何のために生きようかな?
まぁアテはあるんだけど。
Ta-da!
とてもかわいいアルのファンアート見つけた。
もう壁紙にもしちゃったもんね!
見てるだけで「今日も頑張るか!」ってなる。
ホントにこんな人生でいいのか?
良いのだ。それが人生。
ちなみに私は、メガネ属性があるかないかという議論は全く意味がないと思ってる。
普段メガネしてる子がメガネしてない、メガネしてない子がメガネしてる、というギャップこそが一番大事なのだ。